TOP > 日本語教室 > 日本語教育リソースルーム > みんなの声

日本語教育リソースルーム



 カタカナ語撲滅団 −番外編ー★
(運営ボランティア M)


 静寂を打ち破るように、突然大きな音が部屋中に響いた。うたた寝をしていた隊長が目を開けると、赤色灯が回転していた。

 「おい、何があったんだ?」
 横で画面を操作していた隊員に寝起きの声で聞く。
 「た、隊長!緊急応援要請です。」
 「何?どこからだ?」
 隊長からの問いに、隊員は機械操作していた手を早め、応援要請先を確認する。
 
「奉仕部門からです!」
 「何?奉仕部門だと?」
 「はい。部門長からの報告によりますと、最近この分野ではカタカナ語が急激に増殖し 翻訳部隊の作業が追いつかないそうです。」
 「翻訳は何人だ?
 「確か、あの部門は・・・3人です。うち一人は新人隊員で・・・。」
 「それは、言い訳にはならんだろう・・・。手の空いている翻訳要員は?」
 「それが・・・どの部門も手一杯で、手の空いた翻訳要員がいません。」

 日に日に状況が悪くなるのは想像できていたが、ここまで急激に悪化するとは思っていなかった隊長は、一人小さくため息をついた。翻訳部門の隊員を増やさねばならないことは、ずいぶん前からの課題であった。しかし、現代社会の中でカタカナ語に抵抗感をもつ日本人が減少し、人材不足であることは、否めない状況だ。面白半分や、冷やかしで入隊し、すぐに辞めていく輩も少なくは無い。

 (長老は、そのような状況が来ることを予測していたのだろうか・・・。)


 「隊長!どうしますか?」
 隊員からの呼びかけに、隊長は我に返った。
 「わかった。とりあえず手の空いた翻訳部員が見つかるまで俺が応援に翻訳3室にはいる。部門長につないでくれ。」「わかりました。」

隊長は急ぎ集中情報交換室から出て、3つ先の小さな部屋に入る。部屋に入って右側の壁にある電源を入れると、目の前に広がる大画面が、訳の分からぬ文字を羅列し、奉仕部門の部門長と交信を始める。その間に画面の前に座り、交信体勢を整える。一つ小さく息をつく。それを見計らったように、画面に奉仕部門長の顔が映し出された。

「隊長、すみません・・・。」
 「構わん。それより、状況を知るために2、3語を先に送ってくれ。そこから取っ掛かりをつける。」
 「わかりました。画面通信表示もしますが、資料と共に紙媒体でもそちらにお送りします。」
 そういうと部門長の顔が画面から消え、カタカナ語が2語大きく提示される。   

『 ファシリテーター   ・    ワークショップ 』
 席の後ろにある機械が、かたかたと鳴り出し、紙に資料を印刷し始める。
 隊長は、はじめてみるカタカナ語に意味が分からず、うなった。
 (これが漢字表記ならば、見ただけで意味は分かるのに・・・。)

 印刷終了の機械音が鳴った。
 隊長は、機械の差し出し口に裏向きに吐き出された一枚の紙を手にし、そこに書かれていることを
黙読した。


<ファシリテーター>
企業や学校、地域などの小さな社会的集団組織の中で行われる会議の場などで、中立な立場にたち、参加者の発言を促したり、話の流れをまとめたり、参加者の認識の一致を確認したりする目的行為で、話し合いの流れに介入し、参加者の相互理解を促進し合意形成へ導く者のこと。


<ワークショップ>
20世紀初頭に米国の大学で行われていた戯曲創作の授業に起源を持つ。近年、企業研修や住民参加型街づくりなどにおける参加者の合意形成の手法としてよく用いられる問題解決や訓練・練習の方法。【ファシリテーター】と呼ばれる司会進行役の人が、参加者が自発的に作業する環境を整え、参加者全員が体験できる形が一般的。

 
 隊長は、資料を読んだ後、懐かしい感情が胸いっぱいに わいてくるのに気づいた。

 (この<ファシリテーター>とは・・・学級会での委員長または先生の役目ではなかっただろうか・・・。 それにこの<ワークショップ>というやつは、学校の班活動でやったことがあるような・・・。)遠い目をしながら、過去の記憶を急いでたぐり寄せる。
 (昔からあるものに対して取り立てて名前のなかったものに対し、あたかも新しい概念のように
カタカナ語を当てはめていくなんて・・・・・。)
 隊長の胸に広がった懐かしさが、苦いものに変わり、額にしわが寄る。
 嘆いても仕方がないのに、何故だか非常に嘆きたくなり、悔しさがにじむ。


 二つの思いを行ったり来たりしながら、どんどん苦々しい深みにはまっていくことに、隊長は気づかずにいた。

突然、また大きな音が静寂を破り、隊長の手元に緑の灯りが点滅していた.

 「隊長、申し訳ございません!」
 隊長が応答する間もなく、突然ついた目の前の大画面に翻訳部隊部門長の頭頂部が映し出された。
 「いったい何だというのだ。作業ならばこれからだ。今しばらく待て。」
 「違うんです。先ほど隊長にお送りした資料は、既に作業の済んでいる言葉でした!申し訳ございません!」
 「何だと!!
 思った以上に強い語調で自分が発した言葉に、隊長は少し驚いた。
 その驚きを隠しながら部門長に質問する。
 「・・・で、この言葉はどのようになった?」
 「<ファシリテーター>が【(講座)促進者】で<ワークショップ>が【体験(型)講座】となりました。」
 「促進者と体験講座ね・・・・・。体験学習とは違うのか?」
 「その辺りは、担当のものに聞かないと・・・。」
 「・・・分かった。もういい。早く次の未翻訳の資料を送るよう手配しろ!」
 「了解しました!」
 隊長は、椅子に体をあずけ、目を閉じ、休息をとった。
 脳裏には、懐かしい思い出へと誘ってくれたあのカタカナ語たちが、何故か忘れられず駆け巡っていた。



戻る

文頭へ